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2021年3月17日 : 知識の習得より「体感」したいならヒプノセラピーがお勧めです





私がヒプノセラピーをやる理由。


簡単に一言でいえば、


頭(思考)での気づきでなく、
自分の体験として深く体感できるから。







「頭で理屈をわかったり知識はあっても、
まだそれを体感していない、体験していない。」



とか



「もっと早く意識を変容したい」



という人には、




いつも


「頭や思考で理解するのではなく、
自分の体験に当てはめてみて下さい」



とお伝えしています。

ヒプノセラピー



対面セッションを受けて頂くと、


実際にその人の体験に
当てはめて細かくお伝えするので、


感覚として落としていくことが
できる人が多いんだけど、



ブログとか本とか、
情報だけだとなかなか
それがどういうことか、

わかりづらい人も
いたりするのです。


それは、
思考で理解しようとしてるから。




というのが一つでも
あるんだけど、


こうなるとなかなか
混乱してしまうことも
少なくないんですよね。



または、頭での理解と
感覚として体感するということの
違いがごっちゃになってしまったり。



ヒプノセラピー



結論から言うと、
ヒプノセラピーは
そのまんま体験なのです。



どういうことかというと、


ヒプノセラピーは催眠療法



基本は過去を取り扱うものだけど、
実際は過去だけでもない。



意識の深い部分と向き合い、
感じることも多々あリます。





(正確には過去も未来も今も
想像もイメージも同じものなのだけど、
それはまたの機会に、
またはお話会やセッションで)






催眠状態というのは、



顕在意識と潜在意識がつながった状態




別の言い方をすると、実は

思考(自我)が薄まった状態なのです。






そこで観たもの、
感じたものは、


思考(自我)より、

感覚(潜在意識、右脳、魂)での体験、

体感となるためスムーズなのです。



(もちろん、超越的に
見れば思考も体験です。)




なので、


◇どうしても思考でなんとかしようとしてしまう人

◇理屈ばかり追ってしまい逆にエネルギーが重くなる人

◇思考に振り回され探求や解放どころではない人

◇でもヒーリングとかエネルギーとか、人に何かしてもらったり知らず知らずの内にか変わるのではなく、
自分で納得して変容したい方



には、ヒプノセラピーはうってつけなのです。





なぜ私のヒプノセラピーが
そういう方にお勧めかというと、



エネルギーは分かれていません。



量子力学でも言われてるように

観るものと観られるものは
分かれていないのです。



つまり同じヒプノセラピーでも、

観るもの(施術者、ヒプノセラピスト)によって

当然観られるもの(受ける人)の
エネルギーも変わってきます。




私は探求、非二元、意識の専門家。


ということで、


意識の探求をしたい方、
アセンションしたい方、
意識レベルを上げたい方、
エネルギーを上げたい、軽くしたい方



にお勧めしています?

ヒプノセラピー


ヒプノセラピーは
受けていただくのも
オススメですが


ヒプノセラピーをする側に
なるのもオススメです^^


当サロンでは
ヒプノセラピスト養成講

もしております。



学びの過程でヒプノセラピーを
なんども受けて
たくさんの気づきが起きます。


ぜひこちらも併せて
ご覧くださいね^^






2021年3月17日 : 真の幸せに「自己肯定」は必要ない




人は幸せになるために、

「自分を受け入れる」とか
「自分を愛する」とか、

自分を肯定しようとするけど、



結果として、
そういう感覚がただあることと、


そうなろうとする事は、
全く別物なのです。




自己肯定しようとする意識には、
必ず自己否定する意識がセットだから
です。




自己肯定感



常に自分を肯定していたら、
それは「肯定」でもなく、
「フラット」ですらなく、
ただ在る何か、感覚だ。



だから、自己肯定しようとすればするほどに、
どこかで否定してる意識を産み出しているということ。




身長180センチの人が、
「身長180センチになりたい」とは思わないですよね?


「身長180センチじゃない」という認識なしには「身長180センチになりたい」とは思いようがないわけです。



だから
自分を肯定しようとするには、自分を否定する認識なしには成り立たない。




自己否定



幸せになろうとするには、
幸せでない自分を認識しないと成り立たない。



求めれば求める程、
反対側が、追いかけてくる。



出た、人類お得意のラットレース!(笑)

 

全ての事には、
表と裏があるという思い込みを捨ててみる。



肯定も否定も、陰も陽も、幸せも不幸せも
実在はしていません。





ポジティブネガティブ



本当の幸せや自由には
自己肯定なんて必要ない。




否定も肯定も概念、
幻想、思い込みの夢。




真の自由や幸せは、
何もする必要がないと気づくこと。



だから何でもできること。



何もしなくても幸せになれるなら、
何をしても幸せだということ。



何だって出来ると言うこと。

解放


何者でもないから、
何者でもあれるということ。



既に全ての願いは叶っている。






2021年3月17日 : 不安になると起きていること


こんにちは^^




皆さんは不安になったとき、
どうしますか?




不安を払拭できるような
行動をして手をうつ?



不安をなかったことにする?



不安に打ちひしがれる??




そ・の・ま・え・に。。。



不安




その不安な感情を生み出す
きっかけとなったその未来の出来事、


まだ起こってないんですよね??





起こってない出来事で、
さも起こったような感情を感じるのは、
どういうことかというと、、




まだ起こってない事に想像を膨らまして、

極力それが実際に起こったのと同じような


意識=エネルギー=波動 


を創造しているということ。



つまり、

起こってないことがもう既に存在している
(実在はしないけど)


量子だとかエネルギーだとかという意味では、
もう起こったのと同じこと


ということ。



不安症



これが、どういうことかわかりますか???



株に投資して、

大損するかまだわからないのに、

大損するかも知れないからと言って、

大損する前にさらに別の大金をゴミ箱に捨てる。




という、スギちゃんもびっくりなワイルドさ。。



いつか机の角に足をぶつけるかも知れないからと言って、
もう自ら足をぶつけにいくようなワイルドさ。。



これが意識=エネルギーでは

同じことが起こっています。





不安になった時点で、
それが鮮明なら鮮明なほど、
リアルならリアルなほど、


実際起こったのと同じような
意識=エネルギーになる。



脳の反応になるわけです。





つまり、5日後の試験に落ちるかも。。
という強い不安を感じたら、

5日後に実際試験に落ちる前に、
5日間毎日試験に落ちているのです。




結果はどうあれ1回で済むことを、
5回経験している。




あ。。。




なんか。。ちょっと。。






面白い?!!笑




もとい




もったいない??




(笑)








だってそもそも実際に落ちてしまえば、
思ったより、


「まあ、仕方ないか」「やるだけやったしな」
みたいに、


不安に思ってたよりダメージが
少ないっていうのもよくあることですよね?




もちろん不安に思ってたより
さらにダメージが大きい事もあるかもしれない。

心配性




でも、例えば不安を5、
思ったよりましな実際の結果を3とします。
5日間不安でいたとすると


5×5+3=28

となります。




予想より大きいダメージの実際の結果が8とすると、


5×5+8=33


となります。




合計部分は、
実際のダメージの差の3だけです。


だったら
5×5の部分、ゴソッとなくせませんか?


なくしたら、5×5=25だから、
合計金額ダメージが25も減る。


という話なのです。






不安ってつまり、
ダメージの先取りなのです。





実際に起きてないのに、
意識の中ではもう起こしてる。






先取りは流行だけにして、

あなたは今すぐ架空の

嫌な出来事とおさらばできるのです。






必要なのは、勇気だけ^^



不安克服



今日もお読み頂きありがとうございます^^












2021年3月17日 : 観ているものを「わたし」が創り 観ているものが「わたし」を創った。
わたし「なぜ流れを作るんですか?」


神「流れを作るのと、作らないことの違いは何か?」






わたし「なぜ、次に行くのですか?」


神「次に行くことと、行かないことの違いは何か?」






悟り




全ての答えは問いの中にあり、



何かと何かの間に違いはない。







流れを作ることと作らないことは同じこと。

次に行くことと行かないことは同じこと。

問いと答えは同じこと。




悟り



つまり、意識の現象化は、
問いの現象化
だ。




なぜ問いが現象化、

つまり問いが世界になるのか。


涅槃




それは、この世界の創造主が、全てが、


「わたし」だから。


その問いの答えが、「わたし」の世界を創っている。



次元も数字も、あなたも私も概念であると同時に、
次元も数字もあなたも私も同じもの。


と表現できる。



全ては同じもの。




やることとやらないこと。
愛することと愛さないこと。
見ることと見ないこと。




違いのあるものは何もない。



真理量子力学



「わたし」が世界を観ていた。


観ていたものが「わたし」を観ていた。



これも分かれていなく、違いはない。








全ては夢のようなもの。



観ているものを「わたし」が創り
観ているものが「わたし」を創った。





「わたし」が認識できるものがなくなれば、

全てはなくなる。





「なくなる」を認識する誰か、

何かすらなくなるのだから。








つまり

「わたし」はいないようで、
「わたし」は永遠なのだ。










永遠に続く  「わたし」の夢。
2021年3月17日 : 「わたし」は問いの中にある


ワンネス真理

この世界は、

「わたし」を型取るものでできている。




「わたし」以外の人


「わたし」以外の物


「わたし」以外の景色


「わたし」以外の言葉




その境目はどこにあるのか。



非二元




「わたし」の体?



じゃあ体はどこからどこまで?





「わたし」の皮膚が境目??



じゃあ、皮膚より内側にある、


「わたし」のはずであった涙や汗は、




皮膚の外に出ても「わたし」なのか??





熱も、振動も、皮膚の周りにもある。





自分の出した熱や振動は

「わたし」

ではないのか??


ノンデュアリティ




汗や涙が「わたし」でないなら

細胞は?



細胞が死んだら「わたし」ではなくなるの??




皮膚も髪も細胞も生まれ変わるから、
同じものはあり得ない。




じゃあ



「わたし」はどこにいる??



汗や涙は、気化したり、
他の物と混ざったら何になる??




細胞や体が「わたし」なら、


臓器移植とかしたら


「わたし」はどこにいる?





じゃあ脳が「わたし」??



細胞はもちろん、


考え方が変わったら?


ホルモンバランスが変わったら??



量子論




「わたし」は「これがわたし」という思い込み、


概念でできている。


目に映るもの、感じるもの、、

その全ての概念が

「わたし」を形作り、

色付けている。



全ての答えは、

「わたしとは何か?」

の問いの中にある。






知識は知識であり、

感覚ではありません。


体験が全てです。



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akala


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