非二元は人間にしか体験できない


アメブロを開いたら
一年前に書いた記事というのが出てきた。


涅槃に入った私の記録と、心よりの感謝

↑これ



なんだかずっと昔のような
昨日のことのような。


涅槃に入ったとき
本当に、本当に、

何もすべきことがないんだな。



と悟った。




目覚めてから、幸せしかなかったけど
どこかに向かう感じはゼロではなかった。



だけど涅槃に入ったら
ネガティブな要素が一つもない
廃人みたいな(笑)



もうどこにも向かわなくていい。
全てはここに在ったのだから。




もう
幸せも不幸も
生も死も
過去も未来も
あなたもわたしも
善も悪も


本当に何もない。


いや、だから

全て   在る。




あぁ、こんなに愛しかない世界に
わたしはいたんだ。


というか
世界はわたしだったんだ。



そんなことを感じるわたしも
いないんだ。



個も全も
自我も真我も

何もない。




ただただただただ

一つが在る。




実在するものは何もない。

実在するのはエネルギーだけ。





おしまい。
ありがとう。
愛。
完璧。
感謝。


完。



これが涅槃。






が、




そして

なぜだか

さらにそれを包括する大きな場所にきたわたし。
(言うまでもなく個の私ではない)



涅槃って

人間の宇宙、人間の終わりだった。



非二元や涅槃は

人間のものだった。




なるほどね



非二元の視点では
人間というカテゴライズは分離ね。



つまり、

人間にしか
非二元は
体験できない


ということ。





これは体験しないとわかりようがない。



言葉が二元だから説明すると二元になる。



長生きしてみるものです(笑)




うん。


面白い人生です(笑)






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2021年8月4日