観ているものを「わたし」が創り、観ているものが「わたし」を創った。

わたし「なぜ流れを作るんですか?」


神「流れを作るのと、作らないことの違いは何か?」




わたし「なぜ、次に行くのですか?」

神「次に行くことと、行かないことの違いは何か?」








全ての答えは問いの中にあり、

何かと何かの間に違いはない。





流れを作ることと作らないことは同じこと。
次に行くことと行かないことは同じこと。
問いと答えは同じこと。



つまり、意識の現象化は、
問いの現象化だ。



なぜ問いが現象化、つまり問いが世界になるのか。


それは、この世界の創造主が、全てが、
「わたし」だから。
その問いの答えが、「わたし」の世界を創っている。



次元も数字も、あなたも私も概念であると同時に、
次元も数字もあなたも私も同じもの。

と表現できる。



全ては同じもの。



やることとやらないこと。
愛することと愛さないこと。
見ることと見ないこと。



違いのあるものは何もない。



「わたし」が世界を観ていた。
観ていたものが「わたし」を観ていた。



これも分かれていなく、違いはない。






全ては夢のようなもの。



観ているものを「わたし」が創り
観ているものが「わたし」を創った。




「わたし」が認識できるものがなくなれば、全てはなくなる。


「なくなる」を認識する誰か、何かすらなくなるのだから。



つまり

「わたし」はいないようで、
「わたし」は永遠なのだ。








永遠に続く  「わたし」の夢。
?Gg[???ubN}[N??

2021年7月17日