自我は「無いもの」に向かうエネルギー

先日、こんなブログを書きました。
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全ての感情は比較から生まれる


人がストレスを感じるのって、

その状況より自分にとってマシな状況と比較してるから。




一番ストレスを感じるのは、

その自分にとってマシな状況にできるかもしれない可能性を強く感じてるとき。




地球の裏側にあるパンを食べれなくてもイライラはしないけど、
目の前にあるパンや、食べる予定だったパンが食べられないとイライラするのと同じこと。



全然勉強してないテストで合格しなくても気にならないのに、
猛勉強したテストで合格しないと落胆するのと同じこと。




でも起きたことは、「パンを食べなかった」という一つだけ、
「テストが不合格だった」という一つだけで、




「~できたかもしれない」というのは空想の中のこと。



つまり、イライラって、空想の中で起きてること。



夢の中で起きたことと同じ、

実際は何も起こっていなかった!(笑)








苦しみはいつでも、「無いもの」への執着から生まれる。

 
自我は、「無いもの」へと向かうエネルギーとも言える。


だから、自我が強いと苦しいし、薄まると感情の起伏は緩やかになる。




目覚めるまで、人はずっと夢を見ている。

幸せな夢、不幸せな夢。
もっといい夢、もっと悪い夢。

沢山のことが起こる夢。

色々なメガネを付け替えて
「あなた」が「あなた」で、
「わたし」が「わたし」であるという夢。

「わたし」を取り巻く様々な夢。

「わたし」が「わたし」を体験するために、
自我は強く「全て」に抗う。


まるで完全に白旗を揚げるように、
全てを明け渡すように、
在るものを愛すると、「わたし」は消滅して
全てであるという気づきのような、何かになる。


初めから、ずっと完全な愛そのものだった

大切な瞬間は、永遠に続く




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2021年7月15日