争いを創るもの

数年前アメブロに
書いた記事です^^


非二元ノンデュアリティ




最近これを観てます。




人類が滅亡したあと、
宇宙船で暮らしてた人間達が、
宇宙船で暮らせなくなりそうになり、


100人の子供達を地球が住める環境に
なっているか試験的に送り込むお話。


宇宙船でしか生活したことなかった子供達が、
原住民と戦ったり、仲間で争ったり、


10代の少女がリーダーになり、
仲間を守るために、


誰かを犠牲にする決断を
しなければいけなくなる。。




ある時は仲間、ある時は敵、
ある時は罪のない民や子供。


世界平和



生き残るために日々必死なのだけど、
結果的に沢山の死を目の当たりにして
自分を許せない日々。




敵も味方も、自分の仲間を傷つける人も、
全ては自分や仲間のため。



生き残るため。




だけれど、動機はそれでも、
大切な人を傷つけたり
傷つけられる出来事が尽きない。。



生き残るだけが人生なのか?と問う



というような内容です。(ただ今シーズン4)





SFから、政治から、アクション、
人間ドラマとか色々なストーリーが
盛り沢山で面白い。


非二元ノンデュアリティ


さて、

争いを生むもの。

それは何でしょうか。

誰もが幸せを願い、努力だってしている。




なのに争いが生まれるのはなぜか。


何が争いを生むか。


それは、


正しさ。




正しさを持った瞬間、
必ず間違いも生まれる。




間違いなしには
正しさは存在できない。






正しさが強ければ強いほど、
間違ったものを見たときに



間違いを正そうとしたり、

または間違った人を下に見たり、

哀れんだり、

または怒ったり許せなかったり。




だけど、
何が正しいかって、
その時その時で変わる
んです。


写真


暴力はいけない!という
正しさを持っていたとして、

自分の子供がライオンに
食べられそうになった時、
黙って見ていられるでしょうか。




子供のためならいい。
命を守るためならいい。
あっちが先に手を出してきたからいい。
国のためならいい。



こんな風に 正しさは変わる。


時代で
シチュエーションで
人で
気分で

正しさは変わっていく。


変わらないものは何もない。



誰かの思う正しさは、
誰かにとっての間違いで


誰かにとってのいい人は、
誰かにとっての悪い人



誰かにとっての大切な人は、
誰かにとってのどうでもいい人



誰かにとっての凄い人は、
誰かにとってのダメな人



人間はいつも、
自分の観たいものだけを、
観たいように観ることができる。


というより、
そのようにしか
できないようにできている。


観たものがその人の世界で、
その人の世界が
観るものを創っているから。


戦争や政治はそれが
とてもよくわかりやすい縮図、
または拡大図だ。

非二元ノンデュアリティ


身近なことも全てこれと
同じことが起きている。


あなたが何か人に言われて
腹が立つことがあるなら、

それはあなたに正しさがあるから。




あなたが誰かに何か言って
その人が怒るなら、
それはその人に正しさがあるから。




でもそれでいい。


正しさを無くすのが正しい。
 


という正しさは、
また争いを生む事になる。



本当の平和は、調和は、正しさを手放すこと。

非二元ノンデュアリティ

二元性を手放したときに訪れる。


他人も世界も出来事も、
あなたの平和には
何の影響も及ぼさない。


世界を調和や統合に
向かわせるのは、


あなたの意識の変容一つで
事足りるのです。
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2021年3月19日